私はここしばらく妙な気分だ.私は,ある重要な1点でヤス中曽根氏と考えを共にして
いる.そこだけに関していうのなら,まったく大賛成だとさえ言いたい.
というのは,6月10日付の読売新聞への寄稿によれば,彼は以下のことを言ったよう
だ.
「最も核廃絶を求めている日本から,日本固有の哲学的信念やそれに基づく現実的政
策や戦略が明瞭に打ち出されていないこと」,これが不満である,と.
私もつくづくそう思う.しかし,ここにきて彼にそう言われると複雑な気分になる.
というのは,彼の場合には,国家を守るための軍備の範疇から当面核兵器を除くと世
界中が同時に宣言し実施すればよし,そうでなければ核廃絶などもってのほか,とい
う類の説に最もぴったりくる人だとみえるからだ.そうしてたまたま彼は日本人で,
たまたま日本国は核保有国ではない.
彼の言う「核廃絶」は,核兵器というのは,結局使えない代物なのだと思い知った軍
人が結論した核廃絶でも,核兵器がもたらしたあまりの悲惨さと,それを乗り越えた
人々の勇気と尊厳を知る人々が結論する核廃絶への願いでもないと私にはみえる.
彼のいう「核廃絶」は,どんな内容を持つのだろうか?どんな実質を伴うのだろうか ?
「日本のアイデンティティ」をいう彼と,「日本固有の」をいう彼はよく調和するの
だが,おそらくそれは,結局使えない代物である核兵器という認識や,核の抑止とは
万という単位の人々の命を無条件に盾にとって話しているのだといった認識とは調和
しない.国家のアイデンティティを声高に語ることが核兵器の廃絶にも削減にもつな
がらないのはフランスという国家をみればよくわかる.
しかし,核兵器廃絶は,言わぬより言う方がましかもしれない.少し前までは,廃絶
というアイデアは,今よりももっと低い位置にいた.ただ,核兵器廃絶という言説は
,日本人にとってはいともたやすい話なのだということを我が事として覚えておこう
と思う.なぜなら,日本は,公式には(いろんな噂があるにせよ)核兵器保有国では
ないから.そうして,もしそれがが某かの意味をなすのであれば,それはまず核を保
有する国に向けられなければならないのだと.
複雑な気分になるのは,しかし,本当は,日本が核廃棄を巡る運動に関して主導権を
握るどころか,有効な考え方の筋道さえ示せなかったそのことでもあり,そのことで
はない.心底気がさすのは,被爆者の人たちはこうした核兵器を巡る言説の移り変わ
りをどう考えるのだろうかということだ.私たちは被爆者の人たちに対して,結局何
の足しにもならずのままなのじゃないのか.私たちは,被害を被った人々に,オンブ
にダッコのまま,人類共通の敵であるところの核兵器を廃絶しようとしている.
なんのかんのと言って,核廃絶へのプロセスに,とりあえず世界は乗っている..
.とまでは言えないにせよ,かなり確かな歩みとでもいうべきものを示しているよう
に見える.殊に一昨年判決のあった国際法廷プロジェクトは,とりあえず確実な「違
法」宣言はないものの,こんだけ多くの人が,もうやめようぜと言っているという世
論を形にすることができた.これは,核兵器の廃棄を理想とした場合には,世論がど
う考えようと,文言も運動も,結局ただの一発の核弾頭をも撤去できないのだから,
ただの動きにすぎず,動きは何も生まないという人もいるだろう.それならそれでも
いい.しかし,そこに言明が「ある」か,「ない」かには大きな差がある.このこと
は動かない.
核兵器の廃絶はめでたい.どんな手続きだろうが,なくなるのはよい.絶対使わない
,実験もしないと決めるだけでもめでたい.で,これはそう遙か遠くではない将来に
,実際問題としてステップを踏んでいけるのじゃないかという気がしてきた....
おそらく,細川元首相も,羽田元首相もそう思っている...らしい.
彼らは,核廃絶2000というプロジェクトの,それを支えるリーダーの欄に名を連ねて
いる.これは是非とも核廃絶に向かって行動していただかなければならない.そうで
なかったら,このプロジェクトに参加した人々を欺いたことになる.
しかし,つらつら考えてみるに,彼らは日本で,政治の場面で,核廃絶を言うのだろ
うか? あるいは声を大にして言っていたか? 私はどうも記憶にない.せいぜいの
ところ,核廃絶は必要です.さて,日米安保は大事です.というわけで「現実」問題
として...といった,いわば議論の枕として述べているぐらいのものじゃなかろう
か.(例えば,そんなことを細川元首相が6月にフォーリン・アフェアーズという雑
誌に投稿している)
ちなみに,そのプロジェクトを支持する米国政府関係者は,ジミー・カーター元大統
領ただ一人であった.
核,核&廃棄,核兵器等々と検索していたら,去年NHKで放送されていたBSスペシャ
ルのファイルを見つけた.
彼は,フランスの核実験のニュースを知り,ある日,殆ど唐突に,フランス大使館前
に座り込む抗議の人となったらしい.しかし,よく知られているように,フランス大
使館は日本中から集められた署名などというものを気に止めることもなく,彼の報告
によれば,大使館の中に署名を持ち込むことでさえも大変であったようだ.殆ど手渡
せたとはいえないらしい.彼は,憤りを感じつつも,文面から察するに意気消沈して
はいたようだ.
その後彼は広島を訪れる.そこで彼は,千羽鶴のおかれた小さな記念碑を掃除してい
るおばーさんに出会う.その瞬間,フランス大使館前でのことが脳裏をよぎり,署名
さえ手渡せずにと,彼は大声で泣いたのだそうだ.
そうして,絶望したのであったが,元米軍のリー・バトラー将軍の核廃絶へのメッセ
ージを聞いて,まだやれると思ったらしい.彼は,バトラーに感謝していた.救けて
くれてありがとうと.
今日私は,彼にたすけられた.絶望することはなにもない.
国連,国連というけれど,どれだけの人が国連が一体何をやっているのかを追っかけ
ているのだろうか? それは別に,国連という組織を事細かく知っているということ
ではなく,例えば,核兵器の問題,あるいはもっと大括りの問題として,武力という
問題については,日本国の政府も,政党も,あるいは人々もよく,国連の判断にまか
せるという.しかし,実際それに注目している人はそう多くはないのではないか.
一つの原因としては,この機関からの広報物が英語かフランス語かで出されるという
ことがあるだろう.これではそうそう簡単には読めない.
では,どこかに国連発行物がまとまって翻訳されている機関はあるのだろうか? も
しそれがないのだとしたら,「それは国連の判断で」という言説には,判断材料が提
示されていない.悪く考えれば,言った本人も国連が今どう動いているのか,元をた
どれずに言っているのではないのかとさえ思われる.
そうなのだ.たとえばヤス中曽根氏がどんな思惑から,核兵器の廃絶の過程において
日本固有の哲学的信念なり政策がないのが残念だと言おうとも,それ自体として,発
言自体には問題はないのだ.いや,固有の,に力点を置いて読めば問題はあるのだが
,しかし,発言の主旨そのものは,使える.言質だ.
核兵器廃絶の運動が,日本で,誰よりも強くそれを望んでいる人々が多いはずの日本
でそれがめざましい展開ができなかった理由の一つは,運動が常に政治的なものと密
接不可分なものとして認知されているからだろう.恐らく,少し年のいった人々には
誰でも知っていることの一つなのだろうと思われる.
しかし,若い人はこれを知らない.そうして,知らずに,アメリカ発,ヨーロッパ発
の核兵器廃絶の運動を見聞きし,仲間になるのかもしれないし,署名をする等の行為
もするだそうし,なかにはインターネット上に署名を促すページを設けている人もい
た.それ自体としてはとがめ立てされる理由はなにもない.しかし,その時彼は誰な
んだろう?
国際的な問題に関しての国際的なネットワーク,つまり発案が何であれ,いずれかの
国の利益のためにやっているのではないという考えのもとに組織されている何かに対
して,個人として参加する彼は,国際人(皮肉な意味でいっているのではない)では
ある.これは,地球市民とか,地球村の住人といった言葉が抵抗なく受け取られるこ
とと同じ意識の上にあるのだろうと思う.
確かに私たちは地球市民なのだろうし,地球村の住民であるから,自己確認のレベル
を,そこまで広げることは望ましいことだと私は思う.
しかし,私たちは,歴史をひっくり返すことはできない.地球村の住民たちによる地
球統括の前に,諸国民たちによって成された何事かがある.今より以前にあった出来
事は,諸国家に所属した人々によって織りなされ,普通,歴史として扱われている.
私たちはそれをひっくりかえせない.また,地球村の歴史として語ることができる
ほどに,地球村の住民たちの主体が確立されているわけではない.
といって,偏狭極まった国粋主義になるしかないのだなどと言い出しているわけでは
ない.これは,現実的に他の動きを無視してなど成り立たない村に住む人間で
しかない私たち,という視点をすっかり放り投げている.従って現実的であるわけは
なく,たいていの国粋主義がそうであったように,ありもしない立派な過去か,過去
に名を借りつつも立派に今現在にうち立てられたものである「理想」を掲げてゆく以
外にはないだろう.
歴史は,忘れられるものであるのではなく,むしろ,そんなものはない,ということ
も可能だ.過去は通りすぎたままだ,と.
しかし,歴史を,つまり過去は忘れようと発話することが現代において可能なのか,
という問題が私にはつきまとう.まして,私たちは,過去において野蛮な行為を行い,
現在においてそれを認めずにいる.むしろ,忘れてなどいないのは日本の方だ.問題
は,歴史観ではなく,倫理の範疇なのかもしれない.
国際的である,国際人であることが,歴史から逃れてもいい通り手形のように扱われ
ているような気がしてしようがない.
北朝鮮のやり方が適当であったなどという人はまず北朝鮮の中の少数を除けばどこに
もいないだろうが,だからといって日本政府のやっていることもほめられたものでは
ない.
北朝鮮がミサイルを開発していたことを,まさか,今知ったわけではあるまいに,な
ぜ晴天の霹靂であるかのように驚き,なぜ予想を遙かに超えた事態であるかのように
騒ぐ人々(殊にニュースに乗りやすい国会議員だったりするのだが)のか.それで一
体何をしようとしているのだろう?
ミサイルを直接開発しよう,とまでは言い出さないだろうが,この先偵察衛星をあげ
,迎撃ミサイルの情報網にしっかりと根を下ろすことになれば,それはつまり,確か
に日本国は軍事力を持った国であるということになる.兵隊さんやら,戦車などとい
った一目で軍備,一目で武装兵力とわかる従来的な装備よりも,よほど近代的に軍事
力を持つことになる. 今でも相当程度に軍事力のある国だと思うが,それはさらに
確かなものとなる.
今行われている「騒ぎ」は,こうしたあり方,もはや目前にあるかに見えるそうした
体制への言い訳づくりなのだろうか.感情的に繋がりのある言説を用意しているとい
うことなのだろうか.なぜ軍備が必要になったかといえば,北朝鮮の脅威が目前に迫
り,私たちには選択の余地がなかったのである,といった通りのいい言説.
しかし,私たちの国は,武力による紛争の解決手段を持つかどうかさえコンセンサス
が取れてはいないはずである.
自衛隊という名前は,早晩廃れていくのだろうか.少なくとも,今でも,非日本人に
とっては,あれは紛れもなく,日本軍だ.それは別に日本の軍に対してだけ言われる
わけではなく,アメリカ軍も,国「防」省に統括されるところの防衛軍には違いない
が,非アメリカ人はそれを防衛軍とは呼ばない(アメリカ人も呼ばないだろうが).
軍事力であれ,個人のささいなケンカであれ,当人にとってそれは防衛であるが,し
かし同時に相手からみればそれはただの力である.だから,相手がもう一方の相手の
力づくの行為を,「防衛」と言ってやる必要はないし,こちらもそれに期待すること
はできない.相手がなんと思おうと,オレにとってそれは防衛だった,以上のことに
はならない.(「正当防衛」というのは,当事者にとっての問題ではなく,調整のた
めの,むしろ第三者にとって有用な概念であるように思える)
ところで,日本人の会話の中で,時々,「あれは軍じゃない,自衛隊だ」という発言
を聞く.日本国の名のもとに組織的に武装している集団を,非日本国人が,自衛のた
めの組織であると見て取る必要はないにもかかわらず,それでもそう言う.
もし,この習慣をどうしてもやめないのだとしたら,北朝鮮が自衛のため,自分の国
のための利益のためにミサイルでも何でも売ってやる,ということを責めることには
無理がある.どちらも,確かに,他ならぬ自分の行為は,相手にどう見えようとも自
衛であると言っているのだから.
国連とか国際機関って,なんだか結局,自分たちに関係があるようでないことにして
おいた方が面倒のない機関なのだろうか? とにかく,ここでの公用語は英語か,よ
くて英語,フランス語,スペイン語(国連のホームページ).にもかかわらず,国連
の決定に従うというとか,尊重するとか,国連に訴えるだとか(ミサイルが衛星では
これは難しいようだが)言う言葉は相変わらず聞かれるわけだ.この状況は,たとえ
て言えば,東京都の広報物を殆ど読めない人に,東京都を理解し東京都の決定には従
うようにと言っているようなものだ.
この時,多分,東京都の広報物を読めない人々は,読める言語で読ませろという運動
をするかもしれないし,妙に気の回る担当者のいる自治体では,自発的に別の言語で
の広報物を用意しているかもしれない.とにかく,従ったり,尊重したりする関係に
とって情報の開示というのは必要欠くべからずことである,と,まぁあんまりこれは
信じられてはいないような気もするが,私はそうだと信じている.
さて,というわけで,国連.United Nationsというところのホームページから,リン
クにリンクを辿っていけば,案外どこかで国連広報物の日本語化を手がけている団体
に行き当たるのではないか,という企画を勝手に発案.実施してみました.
国連のホームページは,前述の通り,英語,フランス語,スペイン語版がある模様.
私が見たのは英語版.それぞれに中身が違うのかは不明.
UN around the worldという,国連のメンバー紹介*1のページでJapan,日本のペー
ジへ.ま,この企画は,日本を外国人向けに紹介するということで,これはとりあえ
ずこんなもんでしょうというもの.ここのリンクには,たった一つを除いて日本語ペ
ージはなし.その1つは,外務省の日本語ページ.
そうすると,やっぱり外務省が,広報センターのようなものを持っているのだろうか
?という期待をもって外務省のページへ.
外務省の組織図をうろつくことしばし...まさか,北米局だったりはしないよな(
あくまで国連だ,いくらビルがニューヨークにあるといっても)とは思いつつそこも
チェック.さすがにない.ここの担当は,北米一課,二課,日米安全保障条約課.
では,国際社会協力部か?
とりあえず,協力はしているらしいが,ここの担当は,国連行政課(国際機関人事セ
ンター),人権難民課,地球規模問題課.個別のテーマをカバーしているのと,あと
は人事だけ...のようだ.
では,外務報道官(組織)か? これは...多分,以下のPR分によれば,なんかやっ
てはいるんでしょう.しかし,国民たる私の目にはなかなか届かないところでやって
いるようだ.
<以下引用>
外務報道官(組織)は、外務省の広報部門として、内外の報道関係機関に対する各種サ
ービス及び内外の様々な政府関係・民間団体、国民を対象に幅広い広報活動を行って
います。
<引用終了>
というが,国民は最終的にはどうしても対象だろうが,その目が届くようにできてい
るかどうかはまた別の話だ.
国際情報局,ここは,分析屋さんらしい.
国際情報局は、外務省の情報機能を、情報の収集、分析、蓄
積、管理、提供の各局面において強化することを目的として、
情報調査局を発展改組する形で1993年8月に発足しました。
前身である情報調査局が、外交政策全般に亘る政策企画業務を
も所掌していたのに対し、国際情報局は、情報収集・分析業務
に特化する形となっています。
総合外交政策局.
総務課,企画課,安全保障政策課,国連政策課
どうやら,ここが,国連との関連が「濃い」ところではあります.
しかし...ここは一体何?
以下,PR分の冒頭.
(引用開始)
総合外交政策局は、外務省として総合的立場から「日本全体
で何をすべきか」を判断し、政策を立案、実行していくことを
任務として、1993年8月に新設されました。
総合外交政策局は、1993年8月の機構改革で新設された局であり、本体組織、
国際社会協力部、軍備管理・科学審議官組織の三組織から成ります。東西対立
の枠組みが崩れた後、新しい平和と安定の枠組みを模索する時代が始まりまし
た。しかし、現在の国際社会は、変革期特有の不透明さや流動性に満ちており
、(1)核兵器等大量破壊兵器及びミサイル等が多くの国々に拡散していくこと
を防ぐこと、(2)世界各地での地域紛争に対処すること、(3)旧社会主義国
の民主化・市場経済化が円滑に行くように支援すること、(4)地球規模問題と
呼ばれる諸問題(難民問題、地球環境問題、麻薬問題、テロ等)といった新た
な問題、課題への対応が必要になっています。また、新しい諸問題に対処する
ために国際連合の役割はますます増大しています。
<引用終了>
ここまでの現状認識は,外務省ならずとも,皆々気にやんでいるところではありまし
ょう.で,以下,どこも省略せずに続きを引用します.
<引用開始>
このような中で、わが国が自らの平和と安全を確保するためには、これまで以上
に総合的な観点からの取り組みが必要とされており、また国際社会における新た
な秩序のため、一層積極的な役割を果たすことが求められています。そこで旧国
際連合局を総合外交政策局に吸収し、外務省として国際連合との協力体制を強化
しつつ、総合的、長期的立場から日本全体として何をすべきなのかを判断し、政
策を立案し、実行していくため、総合外交政策局が誕生しました。そのために、
外務省内のほかの局の政策の企画・立案を総括することも総合外政策局に求めら
れています。更に、海外において重大な緊急事態が発生した場合、その対応のた
めには外務省内の多くの部局が関係することになります。その調整・総括業務も
総合外交政 策局が担当することとなります。
<引用終了>
というわけで,複雑な国際関係を云々といった現状分析は誠に結構なことだが,それ
に対応するために,「総合的、長期的立場から日本全体として何をすべきなのかを判
断し、政策を立案し、実行していくため、総合外交政策局が誕生しました」というわ
けで,自分の省庁を編成して,日本のために何をなすべきかを考えることにした模様
.じゃ,他は何をしているんだ?という気もしないでもない.
その前に,どんな資料を使ってそのような分析をしているのかを知らせようという気
はないのだろうか,全部教えろとはいわない(どうしても必要な機密というのはある
のでしょう;ただし年月を超えてとは思わないが),せめて,その重要性が増してい
るらしい機関からの一般的な広報物(これは,機密ではない)ぐらい,日本語にする
ことはできないのだろうか?
それは,日本国民にとっての,大事な判断の材料じゃないのか?
きっと,私が浅いのだろう.どっかにある,きっと...しかし,どうしても見つか
らない場合には,そだ,外務省に聞いてみればいいんだ.
ザ・ネイションの記事を読む.インドの核実験再開については,がっかりしつつ,し
かし,確かにいわゆる五大国だけが保有を是認されている現在の状態もまた,どう考
えてもいいわけはなく,であれば,インドの態度を一方的に非難することは単なる片
手落ちを通り越して,是認されている核保有国を結果的に側面から支援しているよう
なものだとは思う.
インド人が,インドでの5月の状況を記述しつつ核兵器について書いたものを読む機
会は恐らく非常に少ない.あっても,政府の公式コメントか,単なる反対のコメント
といったものだろう.その中で,この記事は,インド人がなぜ核兵器保有を熱狂的に
賛成していたのかも理解させるし,すべての人が賛成しているわけではないことを知
って(当然なのだが),安心させる効果もあるように思える.
しかし,この記事は,もっと恐ろしいことを言っている.それは,抑止理論は,核兵
器に対する知識のある人たちにとって有効な考えだという指摘だ.核兵器が恐ろしい
ことを知るから,核兵器を抑止しようとする.しかし,その恐ろしさを知らなければ
どうだろう.そうして,その恐ろしさを人々はどうやって知るだろう.
今にはじまったことではないし,部分的には多くの人が薄々気づいてはいる.しかし
,それを4億人の文盲の人をかかえる国から指摘されると空恐ろしいものがある.空
恐ろしいどころの話ではない.
文盲に加えて,圧倒的な貧困,劣悪な衛生事情の上にある核兵器は,あっという間に
食糧に交換されるかもしれない.
もう一つ恐ろしいことがある.それは,独自性,アイデンティティの問題である.核
兵器を持つことによる優位性が,独自性の発露と取り違えられる危険性だ.押しつけ
られた何ものかに苦しむ人々が,それをはねのけることで独自性が快復されると考え
るのなら,はねのけるために手段は選ばないだろう.核兵器は格好の材料かもしれな
い.なぜなら,当面誰も強いことを言ってはこないのだから.
核兵器で食糧を得ようとは思うことはないとしても,この独自性の問題は,西欧文明
にやり込められていると考えている国にとっては共通に深層に横たわる心理かもしれ
ない.
うろうろ反核関係のサイトをまわっていて気がつくことはいろいろあるのだが,その
中でも一番,何か納得のいかない気持ちにさせられ続けること.それは,「核兵器は
人類と共存できない」という言葉.これをホームページの前面に掲げている団体があ
るけれど,私はその団体に抗議しようとしているのではない.この文言は,反核に関
心のある人であれば,どこかで必ず目にしているのではないかと思う.いわば,標準
的に是認された文言である.
否応なしに,私たちは,核兵器と共にこれまでのところ53年間生きている.好むと好
まざるとにかかわらずそうだ.共存とは,適しているものだけに使われる言葉ではな
い.
この状況から出発して,核兵器を除こうというのなら,そこに必要な言葉は,私はそ
れを除くと決意している,ではないのだろうか.私はそれの存続を認めない.そうし
て,理由付けとして,なぜなら核兵器が人類との長い共存関係に適しているとは思え
ないから,と.
「核兵器は人類と共存できない」という言葉をみるたび,悪いものはいつかきっと,
どうにかして無くなるものだという考え,一種の天誅でも期待すべきなのだろうかと
いう疑念にかられる.
この5月を迎えるまでの,各種核兵器をめぐる論文(日本発)は,冷戦の時代が終わ
り米ソによる核戦争の危険は当面なくなった.従って,核を巡る問題は,環境問題,
エネルギー問題となり,そのようにして扱われることが主要な取り扱いであるように
見えた.
しかし,5月のインド,パキスタンの実験を見ても明らかなように,世界には未だ,
兵器として,つまりは戦争の問題としての核兵器が存在している.
核兵器は,兵器である以上これは戦争の問題だし,一発ぶっぱなして,あるいは一発
持って他を黙らせるというやり方を是認するかどうかの,いわば道徳あるいは思想の
問題でもある.一つの国がそれをすれば,他も同じようにしたいとは限らないが,少
なくとも,互いにそうする権利はあるはずだ.
思えば,日本は,アジアにありながら,つまり,支配しようとする側ではなく,むし
ろ支配される危険性に怯えた地域を目にしつつ,あるいは,その体験を持ちつつ,そ
うして実際抑圧されていることを感知しつつ,それでもなぜ,そこにあるその危機の
可能性に目をやらぬのだろう.NPT体制は誰が言っても差別の構図だ.それを支持し
続けることは,その抑圧を是認していることと同義なのではないのか.
恐らく,アメリカが強い限り,世界は動かないという確たる信念があるのだろう.し
かしそれは本当なのだろうか? 道義論で言っているのでも,人権などという問題で
も,平等の問題ですらない.現実的に,それは妥当だと考えられることなのだろうか
?
被爆者が核兵器廃絶を願うというのは,普通に考えられているほどに普通のことであ
るわけではない.
また,そこにあった悲惨さが自分の肺腑をえぐるのなら,それを二度と繰り返さぬよ
うにすることが悲惨さを体験した人々に対して,それを体験しないものができる唯一
のことなのではないのか,という思考の枠組みは,自明のものではない.しばしば大
江健三郎がいう「想像力」は,悲惨さの感受をこの思考の枠組みへと変換させる力の
ことだろうと思う.
大江健三郎のいう「想像力」という,座りが良すぎて決してつまぎらかにはならない
言葉が,単なる言いよどみなのではないかと思ったこともあったが,核兵器,という
よりも,原爆を巡る文章を読むにつれ,大江の言いよどみが少しはわかるような気が
してきた.それは例えば,次のようなことなのではないか.
悲惨な体験をした人が今ここにいて,彼彼女が苦しんでいるのなら,私がするだろう
ことは,彼彼女と一緒に泣くことだ.話を聞くことだ.一緒にごはんを食べることだ
.
しかし,それは,核兵器廃絶へと直接的に繋がるわけではない.体験を風化させない
,共有するということは,必ずどこかで繋がることではあるにせよ,直接的に必要な
のは,例えば,法制度的に禁ずる,ブツを作らせない,ということである.
法制度を作るということは,個々の体験をあがなうものではない.仮に1946年にすべ
ての核兵器の開発,実験,所有が禁止され本当になくなったのだとしても,1945年に
個々の人間が負った体験を消し去ることはできない.
では個々の体験は法制度の整備とは何の関係もないのか.そんなことはない.体験が
あったからこそ,法制度の必要は説かれるのだし,それが困難であればあるだけ,体
験は重要な意味を持つ.
しかし,それでも贖うことはできない.もし贖う道があるのだとしたら,それは唯一
,彼らの体験を誰か(恐らくは後の世代)のために提供するという了解が体験者にあ
る場合である.勿論,この選択,この決意を体験者に強制できるものはどこにもいな
い.この強制を行うことは誰にもできない.やってはならない.
私たち,被爆という体験を負っていないものがその体験を負う人を引き合いに出すと
いうことは,彼彼女らの体験を,私のために,彼彼女らの預かり知らぬ誰かのために
提供してくれるよう無理矢理頼みこんでいるようなものなのだ.
しかし,この,なされてはならない強制を1945年の体験者たちは受けたのだと私は考
えている.
私だけがなぜこのような目にあわねばならなかったのか.
ほんとうは,そう言ってもよかったのだ.いや,言うのが当たり前なのだ.
にもかかわらず,彼らはその機会を奪われた.勿論その大きな理由は,日本国の敗戦
による.
ホロコーストにはあのヒットラー,あの(当時の)ドイツ,という抗議の先がある.
しかし被爆者には抗議の先がない.いや,あるのだ.やってもよかったのだ.アメリ
カに対して,抗議をすることは可能であっただろうし,今も可能だ.
しかし,全体としての日本人,あるいは日本国に繋がれた人々はこれを欲しなかった
.被爆した人々が当時何を考えていたのか,本当にはもはやわからない.恨みを吐露
した詩文の類は目にしたことはある.しかし伝えられるものの多数は,もう二度とこ
れを繰り返さぬようにとの願いであるように少なくとも私には見える.
ここに,印刷物の発行者側の作為があっったのではないか,そうではない文脈を認め
ない暗黙の合意があったのではないか...それは私たちが知っておく必要のある問
題である.いかんともしがたい,「やましさ」をわざわざ掘り出すことになるのだと
しても.(『原爆 表現と検閲 日本人はどう対応したか』/堀場 清子 朝日選書
534,はこの問題を追っている→本・1990〜)
いずれにしても,1998年の現状からすれば,私たちは,被爆した,つまり核兵器によ
って確かに被害を被った人々の直接の非難の宛先を奪った上に生きている.
私が核兵器の廃絶を願う第一の理由は,私の頭の上に落ちる核兵器が怖いからではな
い.核兵器の被害を被りながらも,それを被ったと言えなかった,その苦しみを当て
所のない未来への希望へと昇華させることによってしか言うべき言葉を持たなかった
人々へのほんのささやかな贖罪の意からである.償いになどならぬにせよ,何か,も
し,それ,廃絶こそが彼らの死,彼らの苦しみを無駄にさせない方法があるのなら,
それが廃絶なのじゃないかと思っているからだ.
全然気にとめたこともなかったが,万博の時,「日本政府館では広島の原爆については
一切触れることはタブーであったという」のだそうだ(飯沢匡『武器としての笑い』/
岩波新書).
もし,万博が来年開かれるとしたら,それが結果的に実現するかどうかは別としても
,平和博物館とかなんとか名前のついた展示館が企画され,日本軍のアジアでの蛮行
の数々と,原爆の悲惨さを広く内外に伝えることによって,戦争の愚かさと平和の尊
さを伝えようなどといった文章がそこかしこに溢れるのだろうと思う.
この落差はなんだろう.それは当時の政府の対米追従などという通りの良い見解では
ない.日本国に住まいした多くの人々は,とにもかくにも,原爆も他のアジアでの悪
行三昧も忘れていられたのだ.
忘れていられたのなら,ホントに全部忘れてしまうのも手だったのだろうがそんなこ
とができようはずもない.原爆に関しては,この忘れられた数十年の後,再登場する
.それは,戦争と切り離された原爆として,平和運動として.
こういうのもないよりはマシと,日本国に生まれごく凡庸に日々を過ごした私などは
呑気に思いもするのだが,同じ状況を他のアジアの人々は同じようにはみない.
日本人は原爆に拘ることによって,それを戦争と切り離して考えてきた.その結果,
戦争そのものは忘れられるのだから,アジアで起こした惨禍についても忘れられる.
中国からの留学生はこのように指摘している.
http://www.agrias.com/goma/ss003.html
(日本にいる留学生が書いたものが多数掲載されている)
おそらく,こうした指摘は,反核運動の現状としては多少古いだろう.いつの頃から
か,原爆の展示をする場合には,あるいは言及する場合には,アジアでの蛮行につい
ての反省を伴うことになっている.勿論,こうした展示について,原爆を特別視する
人々は頑強にも抵抗し,あちこちで物議をかもすのだとしても,大勢は両方の展示に
対して好意的になっているだろう.
しかし,原爆の被害と,アジアでの蛮行は,直接には結びつかないし,そもそも史的
な関係付けができないに等しい人々がそれを見るのだから,そこで醸成される感想は
ただ一つ.戦争は酷い.こんなことをもう二度と繰り返してはいけない.平和こそ大
事...
これはこれで,徹底されれば,非常な力となり得る.なにがあっても,どんなものも
戦争はダメ.絶対に反対.
しかし残念なことに,この反対を叫ぶ人々も,戦争遂行国と同じ程度のことをし続け
ている国に属している.基地を提供し,資金を提供することと戦争をすることが別の
ことであるなどとはまさか言うまい.
個々人の内的な真実はどこにあれ,日本国がそれをやり続けている限り,それを止め
られない限り,少なくとも,止めているのだという動きが見えない限り,平和を希求
することは実際的な行動とはみなされない.現状では,米国国防長官という人に,在
日米軍を日本人が好ましくないと考えているという話は聞いたことがない,などと言
われてしまう.つまり,遂行国であることを否認している国ではないのだ.
→国防長官談話
諸々の戦争すべてに反対しているわけではない日本国として,かつ,「唯一の被爆国
」としてできることは,そうして,反核,核兵器反対,一般的な意味で,全体として
核兵器反対.真の意味は,戦争に関する一切の考察抜きでの核兵器反対,になる他に
はない.
先の留学生は,原爆をも含めた自国における戦争被害を直視すれば,戦争を憎む気持
ちからアジア諸国の被害も我が身の上のこととして思えるのではないかと言っていた
が,戦争に関する考察を抜きに原爆を語りたい日本国にとっては,情けないことに,
これは無理な注文どころか,むしろ格好の言い抜けの道筋になる可能性さえあるので
はないか思える.
つまり,アジアへの侵略は,もう,それを生涯認めない,墓場に辿り着いても認めな
いと頑張る人々を除けば,誰が考えても是認できない.正当化はできない.だから,
これは認められてゆくだろう.
しかし,これを,あの戦争への反省と理解するのは早計だと私は考える.なぜなら,
原爆を落としたのはアメリカであり,核兵器を大量に製造したのもアメリカである.
日本国が戦争遂行人になっているのも,アメリカとの関係においてである.そうして
,これがあの戦争がもたらした一方の帰結である.
この一方の帰結を省みることなく,つまり,矛盾に満ちて出口のないアメリカとの関
係線上にある自己を省みることをしないですむのなら,アジア諸国での悪行三昧を認
める方が,心理的にははるかにたやすいのじゃないのか.
日本が忘れたいのは,本当は,今の自分の姿なのじゃないのか.